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【夜の街物語】

storys

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** ある日の午後、  

   噴水広場にて **

​【登場人物】

■三日月 弥生-みかづき やよい

 オネェ言葉で喋る男性で、夜の街の中央付近にある喫茶店【憩い(いこい)】の店長。お菓子は上手なのにご飯は普通というので有名。男嫌いの女好き。素に戻ると男言葉に戻る。元ヤン。

■照柿 朱鷺-てりがき とき

 天真爛漫でいたずらと言う名の実験が大好きな魔女見習いの少女。常に相棒の煉に叱られているが全く怯まない元気っ子。人好きする性格で懐っこく、不思議とあまり嫌われてないのが相棒が抱いている一つの謎とは気づいていない。

【その他】

■紅月 晴 -こうづき はれ

■照柿 空良 -てりがき そら

■三日月 華弦 -みかづき かげん

■アトラ

■鬼灯 煉 -ほおづき れん

​【夜の街物語】-外伝

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​[ ある日の午後、噴水広場にて ]

 【夜の街】中央街にある噴水広場。そこには水の流れる音と喧騒とがごった返すように渦巻いていて、しかしそんな騒がしい中でも見ている人間すべてを笑顔にするだろうと確信できるような風景が広がっていた。
 その中、広場にある入口の傍に設置されているベンチに一人の男性が固くした表情を浮かべたまま座り込み、薄く曇った空を見上げて一つ息を吐いていた。季節は冬。吐いた息は白く染まり空に溶けて消えて行く。今日も寒いな、と男は思うと羽織っていたコートから煙草を取り出した。一本箱から抜き取ると口に咥えてその先端に火をともそうとライターを逆のポケットから取り出してあてがった。指を引っ掛けて擦るとシュボッと小気味いい音を鳴り、同時に小さな火が灯る。
 一息吸い込むと口から煙草を離して煙をめいっぱい吐きだした。目の前が白煙で染まるとそれも風に流れて霧散していった。はぁ、とため息も一緒に出すともう一度咥える。もう一息吐きだそうとしたその瞬間、聞き慣れた声が彼を呼んだ。

「あれー? 弥生さんだぁー! こんなところにいるなんて珍しいねぇ」

 声に彼――三日月 弥生は瞬時に反応して主の方に視線を向けた。そこで彼はにこにこと笑いながらこちらに向かって歩いてきている見知った少女、照柿朱鷺の姿を見つけた。

「あら、朱鷺ちゃん? 随分可愛い格好してるわね、お出かけ?」

 弥生は煙を彼女とは逆の方に吐きだすと、もう一度向かってにこりと笑ってそう問いかけた。朱鷺は弥生の傍まで行くとうん、と大きく頷いて見せた。

「これから晴先輩と買い物に行くんだ! 楽しみなのー。あ、隣大丈夫?」
「えぇ、勿論いいわよ」
「ふへへー、んじゃぁ、遠慮なくしっつれーい」

 よいしょ、と一言呟くと、彼女は宣言通りに弥生の隣に腰をおろした。
 弥生と身長が三十ばかり差がある彼女が彼の方に顔を向けると当然上を向く形になり、勿論弥生は見降ろす形となった。その状態から見える、彼女の明るい性格をそのまま作り上げたかのようなオレンジの瞳は、空が曇りきっているのを感じさせないほど色鮮やかな世界を映し返していた。

「晴ちゃんとお出かけってことは現界?」
「うん! 先輩のお勧めのお店に連れて行ってもらうんだ。先輩とってもおしゃれだからね! 可愛い服とかいっぱいありそうなんだ」
「へぇ。晴ちゃん確かに美人さんだし、可愛いし……朱鷺ちゃんに似合う服とかいっぱい着てそうなイメージねぇ」
「でしょ!」

 朱鷺は両手を合わせて弥生の意見に笑顔になり、弥生もそれを見てまた笑顔になる。二人はしばしにこにこと笑い合っていたが、少しして朱鷺は弥生が手に持っている煙草に視線を移し、また弥生の顔に視線を戻した。

「弥生さん、なんかストレスになるようなことあったの?」

 ……視線を移していたときに一瞬眉間に皺が寄ったと思ったのは、おおよそ弥生の見間違いではなかったのだろう。いつも声高い声音は形を潜め、少し不安を抱いたような彼女の低音は兎の彼の耳じゃなくても聞きとれている程のものだった。
 しかしその問いかけに弥生はあえてきょとんとした表情で対応した。

「え? なんで?」
「だって煙草なんて吸ってるし。弥生さんそういうことないと吸わないじゃん」
「そうだったかしら?」
「そうだよー。私知ってるもん。弥生さんの事色々」

 む、っとした表情を見せて朱鷺が弥生を見ていたが、弥生は飄々とした態度で彼女を見下ろしていた。あまりにもなその態度に更に朱鷺が頬に空気を送ると、それが可愛いと思ったのだろう、弥生はふっくらと膨らんだ朱鷺の頬を煙草を持たない方の手で軽くつついてやった。

「あらやだ朱鷺ちゃんってば、かぁわいいっ」
「あぁ! ごまかそうとした!! そう言うの禁止ッッ」

 弥生の手をのけ、ムキーっと両手を上げてそう高々と宣言するが、弥生はその姿勢を崩さないでいた。弥生には朱鷺のそういう宣言は特に効果がない。元々頭が良いせいなのか、それとも性格の所為か……彼女の言葉に対して彼はのらりくらりとかわしてただ楽しそうにその場では始終笑顔でいることが多いのだ。
 態度を改めないのを見て取ると朱鷺は拗ねたように表情を崩し、じっと弥生を見上げ始めた。無言でじっと見つめられるとさすが【夜の街一番の健全なる変態】の肩書を物にしている人物、女性の上目遣いに少しずつ挙動り始めていった。

「……朱鷺ちゃん…あんまりそうやってアタシを見上げないでくれるかしら…」
「ヤダ。言ってくれるまでこうやってる」

 弥生は知っていた。朱鷺がこういう時に宣言する言葉は必ず折らずにやってのける。コレが効かないのは実姉である空良くらいだろう。
 弥生はたばこの先端にできた灰の塊を落とすと、咥えて吸ってまた吐きだした。
 しばしの沈黙。だが先に音をあげたのは弥生の方だった。

「……ちょっと、ね。昔の事を思い出していただけよ」
「昔?」
「そ。中学ん時くらいの」
「ふーん。でもあんまり昔じゃないねぇ」
「この年になるとそう表現したくなるものよ」
「そうなんだ」

 思っていた物の程じゃないようで朱鷺が若干の安堵を身の中で感じていると、横でまた白煙が上がっていた。その煙草を吸う横顔をみていたら自然と言葉が漏れていた。

「……ねぇねぇ、一つお願い!」

 突然のお願い宣言に弥生は煙草を吸うのをやめて朱鷺を再び見降ろした。

「ん? 何かしら?」
「今から弥生さん、オネェ言葉禁止っ!」
「? 別に良いけど…何で?」
「ん? なんとなーくっ」
「まさかのなんとなく!」

 朱鷺の突然の思いつきは毎度のことだが、なんかしら理由があっての事が大半を占めていたので久々に聞いたそのなんとなくに笑ってしまった。

「それで? 昔の事ってどんなこと?」
「言えるわけないじゃない」

 若干口端をひきつらせながら呆れた風に朱鷺に弥生が告げると、目の前に朱鷺の人差し指が付きつけられていた。彼女はとても面白そうに、だが真剣に言い放った。

「だからオネェ口調禁止!」

 それに弥生は苦笑する以外なく、短くなっていた煙草を持っていた携帯灰皿に押し付けて鎮火させながら、今度こそ男のそれの声音で話しだした。

「……そうだったな」
「うむ。それでいいのだ」
「朱鷺はあんまり空良と口調似てねぇよな」
「まぁねぇ」

 口調もそうだが、仕草も雰囲気もまるで違うこの姉妹は、だがしかし二人とも個性が引き立っていて弥生のお気に入りの姉妹であることは間違いなかった。

「そいえば空良とは出掛けないのか?」
「お姉ちゃんは今家で変な薬作ってるよ」
「変な薬? あぁ、本業の方か」

 照柿家は【夜の街】でも屈指の魔女の家系であり、薬の調合……特によく分からない効能の物などを作るのを頼まれてやることが多いのだ。勿論それは無害なものから有害なものまでさまざまである。

「そ! 何作ってるかは教えてくれなかったけど」
「そらそうだろ。言ったらお前真似するし」
「勿論っ」

 その胸の張った回答にどれだけ周りが不安になることか彼女はしらないんだろうなぁ、と弥生は一人ごちた。そんな弥生の考えなど知らない朱鷺は、ふと思い出したように付け加えた。

「ちなみに鍇さんはアトラさんの代理で西の門の護衛に行ったって」
「悪いが興味ねぇ」

  ざっくりと笑顔のまま切り捨てた弥生は勿論本心そのものだった。それが分かりきっている朱鷺もまた、ふはは、と口に出して笑ってしまった。

「さすが、ばっさりだねぇ」
「……ところで朱鷺。出掛けるんだろ? 時間平気?」

 空を見上げてみてもいつもそこにある”時を告げる赤い月”の姿は雲の中。たまたま時計を持ち合わせていなかった弥生にはその月の位置でしか今の時間を図ることができなかったのだが、頼りの月すら見えずただ朱鷺にそう問いかけるほかなかった。

「え? あぁ、うん。煉と落ち合わせてるし……でもそうだねぇ。現界の門で待ち合わせだし」
「煉の事はどうでもいいけど、晴ちゃんとの約束の時間には気をつけろよ?」
「はーい! そしたらそろそろ行くね」
「おぅ、煉を盾にして良いから気を付けて行けよ」

 朱鷺は言うが早いかベンチから立ち上がると数歩歩いて振り返った。

「ねぇ、弥生さん」

 彼女が立ちあがった時に一緒に姿勢を元に戻した弥生が、朱鷺に呼ばれて顔を見れば、同じく弥生をじっと見ていた朱鷺の目とあった。

「何?」

 黙ったまま動かないでいるので弥生が声をかけると、何故か彼女は真剣な面差しで一つ頷いた。仁王立ちしたまま腕を組んでいるその姿はなんとも似つかわしくなく可愛らしい。そしてその威厳の欠片もないポーズのまま、しかし真顔のまま弥生の返答に回答を差し出した。

「……やっぱなんでもないっ!」
「なんだそれ……」

 何かを期待させられていた弥生は肩透かしを食らい、思わず意味が分からないとも呆れたとも取れる表情に崩れた。

「なぁんでもないのっっ! それじゃぁ、言ってきまーすっ」
「前向いて歩けって…! ……気を付けて行ってこいよ」

 結局回答は得られなかったが、朱鷺が元気に手を振って駆けて行く姿を見ると弥生も特にそのやり取りに気を向けなくなった。気にならないと言ったらウソになるが、気にする必要がないのだと分かったから。朱鷺の笑顔に寸もけぶる所がない。
 一つ息を吐くと、新しい煙草を抜き出す。手に持ちゆっくりと口元に運ぶと、ふと朱鷺の笑顔が脳裏をかすめた。動きを止める。

「……ったく。空良と同じ顔すんだもんなぁ……」

 あーあ、とため息を吐こうとして押しとどめ、一緒に煙草も箱に戻す。そして代わりに苦笑する。

「俺あの顔に弱いのかなぁ」

 喧騒の中にいるのにも、声が、聞こえる気がした。
『ねぇ、弥生』
 聞き馴染みのありすぎる声。
『タバコなんてやめときなよ。体にも悪いし鍇も苦手だし。朱鷺や煉君、それに華弦君にとっても悪影響だよ?』
 いつも他人ばっかり気を使う彼女。
『……早死になんてしたら怒るからね?』
 頬を膨らませたその顔は、先ほどの彼女によく似ていて。

「……ホント、人の気もしらねぇで……」

 喧騒と水流の音色に包まれた空間は彼に何かを与えることはなかったが、同時に彼がこぼした言葉を誰かに届かせる事もなかった。

 ただただそこに、いつもの時を刻むだけ。

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