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【夜の街物語】

storys

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** 相反する二色 **

​【登場人物】

■睡璃 耶麻音-ねむり やまね

​ 常に眠そうにしている眠りねずみの亜種の少女。”吟遊詩人”と名乗っている歩く図書館。ヒトやモノが持つ命の”詩(うた)”を集める使命を負っている。見た目の割に大食漢。表情があまり変動しないし神経も太め。

■アトラ

 【心魔(しんま)】と呼ばれる、人間の心の葛藤を過激化させる一族の青年。天性と悪性の二種いるが彼は悪性。人間の悪い感情を後押しするのが仕事。生真面目で優しいが故自分の仕事と性格の違いに苦悩している。成績は生真面目が故に極めて優秀。

【その他】

■三日月 華弦 -みかづき かげん

​【夜の街物語】-外伝

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​[ 相反する二色-邂逅 ]

 【心界(しんかい)】と呼ばれる『異界』に来るのは初めてではなかった。もう、何度かは足を踏み入れたことがある。しかし何故だろう。こんなに淀んだ空気だったろうかと首をひねった。淀んだよいうより…なんだか痛い。

「うん。そうだ……痛い……苦しい…怖い…渦巻く深い闇……」

 真っ白な長い髪に真っ白なネズミの耳。薄青のローブを被った碧眼の彼女――睡璃耶麻音は眠そうな双眸を空気に這わすようにしてぐるりと世界を見渡した。そこかしこから聞こえてくる不思議な”音”が彼女の体をつついてやまない。痛いとも気持ち悪いとも、そのような感情は抱くことはなかったが、ただ「違う」とだけ感じていた。

 音――決して彼女の他に聞くことはない”ヒトの命(ねいろ)”。

 音として耳に聞こえるものではなく、もっと別の感覚で聴こえてくる物だ。なんと言葉にして伝えればいいのか彼女自身よく分からないものだった。ただ”音”は”存在するもの”ならどんなものでも持っている「その生に関わるもの全て」であり、”歌(うた)”であり”詩(うた)”であり”唱(うた)”であるという事は何故かはっきりと判っていた。
 知人には……勿論兄弟にもこの音を聞きとれたというものはいない。昔から自然と聞こえていたそれは、他人には聞こえないものだと知った時、おかしいと思うよりも早く何かを納得していた。
 そして、”ソレ”が使命であるという事も。
 モノの詩を聞き、歌にして詠い続けて後世の自分と同じ”言ノ葉刻ム者”に託していくという事を。ヒトの器を溢れて聞こえてくる物語――<生>を歌に刻んでいくという事を。

 この事を以前幼馴染である華弦(かげん)に言うと「よく分からないから簡潔に教えてくれ」と言われたのでざっくりと「聞こうと思えばヒトの心が読める」と教えていた。まぁ、確かにそれもしようと思えばできることだがそう言う事が主ではない。あくまでも勝手に流れてくる”ヒトのナニカ”を拾っているに過ぎない。
 拾った詩を歌にしてヒトに詠い聞かせる――それが彼女の、”吟遊詩人”としての仕事だとしている。
 その物語は千差万別。ヒトの数だけ違うもの。勿論ヒトに限らず、動物や昆虫、植物や自然現象、その他存在を認識されるもの全て。

「…どこから」

 彼女は音をたどる。誰から。何からその音が聞こえてくるのかを聴いていた。
 あまり聞くことのない深く沈んだ…詩の持ち主に適合しているとしか思えないほど澄み渡った……傷ついた歌。嘆きが。悩みが。苦しみが。深く刻まれているのを聞いて取る。

「あっち……かな?」

 言いつつも森の中に立ちつくして音の出所を慎重に計る。そして暫く後、耶麻音は一つ頷くと少し背の高い麻で茂った薄暗い景色を掻き分けながら進み始めた。少し行くと開けた場所が見て取れた。切り倒されて切り株となった樹木がいくつも点在しているその場所に、モスグリーンの中においては目立ちすぎる赤い人物が立ちつくしていた。
 真っ赤な髪の毛から見える二本の渦巻くように生えた角。羽とは呼べぬような”骨格のみ”の翼も赤黒く、尾は悪魔のような細くて邪悪なものだった。心界に住む悪性の心魔の特徴である角と羽と尾っぽを兼ね備えているのだから、きっとそれで間違えないだろうと耶麻音は踏んだ。なるほど悪性の心魔なら『負の感情に帯びた詩』が適正曲であるはずだ。

 『心魔(しんま)』――それはヒトの心に巣くい、ヒトの判断を迷わせる生き物。
 天性の心魔はヒトに善の道を示し、悪性の心魔はヒトに悪の道を示す。二人一組で仕事をこなす一族だ。

 じっと様子を見ていると、しかし赤い彼はじっと遠くを見つめたまま微動だにしなかった。赤い髪から覗く瞳は切れ長で、黄色い瞳は何よりも憂いに帯びている。不思議と綺麗だと耶麻音は感じた。
 しかし、と思う。相方はどこにいるのだろうか。心魔なのだから必ず対となる天性の心魔が一緒にいるはずだ。だが耶麻音の目には――耳には他の誰かがいる様子を謡ったものは何も見つからなかった。分からずまた首をひねる。 

「……おい、そこの白いの」
「え……?」

 突然声を掛けられて驚いた。木の影に隠れているのにも関わらず、赤い彼は少し顔を傾けてこちらをしっかりと見ている。間違いなく自分に声をかけてきたのだと知ると、耶麻音は躊躇せずに木陰から身を乗り出して彼がしっかり知覚出来るように姿をあらわにさせた。同時に彼の方もしっかりと耶麻音の方を向く。
 りん。と、彼の服に付く無数の鈴が音を立てる。澄み渡る鈴の音は恐ろしいほど静かな空間を切り裂いていく。耳に残る音に、耶麻音の耳がピクリと動く。

「そこで何をしている。ココは貴様みたいなものが来るところではない……迷ったのか?」

 彼の言葉に耶麻音は首を横に振る。それに彼が怪訝そうな表情を更に深くさせた。なら何故だ、と目で訴えてきているのがわかる。

「ただ……探し物をしていたら、ここにたどり着いた……それだけ」
「探し物?」
「……詩、を」
「うた?」

 こくりと首を上下させる。それに赤の彼は分からないという表情をするだけだ。勿論それは彼には聞こえない類のもであったし、こんな静寂しきったところに対して”ウタを探してたどり着いた”という表現を使うのはおかしすぎる。詩は音を孕んでこそそれに存在の意味がある。
 耶麻音は背負っているリュートを後ろ手に撫でる。 

「……なるほど、吟遊詩人ってやつか。創作するために『迷寂の森こんなところ』に来ても仕方ないだろうに」

 呆れたように呟かれた言葉はため息とともに霧散する。
 それに対して否定の言葉を耶麻音は紡ごうとしたが、だがその声は音にならず彼女の中にとどまった。なぜなら彼が耶麻音の方に向かって歩いてきていて、すぐそばまできていたからだ。

「俺はアトラ。こんなところで作曲しても気が病むだけだ。すぐ出て行くといい。出口までの近道を案内してやる」
「……」
「どうした…?」

 耶麻音は無言のまま傍に立つアトラをじっと見上げていた。アトラの方も訳が分からないという表情のままだが耶麻音の事を見下ろした。碧い瞳が美しいが、故に何かを見透かされているような感覚が体を走った。見ていたくなるような青い瞳はそれほど何か恐ろしさを彼に与えた。数秒後、耶麻音は彼から目を逸らすと一言こぼす。

「耶麻音」
「は?」

 アトラの口から洩れる。それに耶麻音はもう一度アトラを見上げてつつ自分を指さした。

「私の…名前。耶麻音っていうの。さっき自己紹介してくれた、でしょう? 私も言わなければ…と思って」
「あぁ。そういうことか。律儀だな」
「……貴方ほどじゃない」

 ピクリとアトラの眉が動いた気がした。

「……それに、貴方程優しくもない」
「……」

 ゆっくりと細まる金の瞳は、いかにも不機嫌そうなものだったが耶麻音の視界に入ることはない。ゆっくりと耶麻音は開けた土地に向けて歩き出し、アトラはじっとそれを見つめる。
 言葉は歌われるように紡がれる。

「貴方ほど傷つき易くない。貴方ほど慈しみもない。貴方ほど動揺もしない。貴方ほど……」
「…何が言いたい」
「私は詩を探しに来た。呼ばれるがまま。誘われるがまま」

 不機嫌を前面に出しきった声が彼女に向けられるが彼女はそれを無視して話を進める。くるりと、肢体を反転させると、耶麻音の瞳に怒気を孕むアトラの姿が目に入った。しかし彼女はそれに対して何も感じていないのか、特に表情を何かに染める事もなくそのままにただじっと見つめただけだった。それが更に彼の不機嫌さを逆なでる。
 耶麻音は静かすぎる空間に、静かすぎる瞳を持って、静かに言の葉を投げかける。 

「私を呼ぶ歌はここにある。貴方が、持つ……詩」
「……意味が分からんな。不快だ」

 隠す気はさらさらないのだろう。アトラは言葉に毒を盛って投げ返す。しかし彼女はそれを受け取らない。

「分かる必要はない。分かってもらえるとも思っていない」

 毅然とする態度にますます腹の立つ思いに蝕まれていくのが分かる。頭の奥の方がピリピリしていくのに彼はじっとして感じているだけ。薄暗いモスグリーンの中にある真っ白の存在に、だがしかし視線は外せないでいる。
 ただ、凪いだ波の如く静かな彼女の青い瞳の中に映る真っ赤な彼は、金の瞳に狂気を纏う。相反する二人は視線は感情を持ってして投げかけ合う。

「悪性の心魔としては、貴方は優しすぎる。欠陥の多い心魔」

 ギリ、とアトラは歯をかみしめる。 

「貴方はそれに、嘆き、悩み、苦しみ――痛みを感じている」 

 アトラの瞳がぐわっを見開かれた。その眉間は深く深く皺が寄せられている。怒気が、熱が、彼から殺気として放たれ静かな空間にぴりぴりとした緊張の糸を張り巡らせる。

「黙れよ」

 吐かれた言葉は黒く黒く、淀む色。

「黙れ黙れ黙れ……――っっ!! 貴様に俺の何が分かるというんだッッ!!」

 語気の強い意識の言の葉に、無表情のまま耶麻音は小首をかしげる。 

「……何も。私には何も分からない」
「な……!?」 

 虚を突かれたようにアトラの表情が固まった。金の瞳が微かに揺れている。

「けど、詩は、あなたの詩は酷く澄んでいて……傷ついている。私には――苦しんでいるようにしか聞こえない…ただ、それだけ」

 怖気ずまっすぐ自分を映している青い瞳に一瞬吸い込まれるような感覚が体を襲う。怖いと感じた。全てを、見透かされている気がする。アトラは心の奥底から浮かび上がってくる不安に震えそうになる。心に巣くい乱し揺らす悪魔と呼ばれる”心魔”の……しかも悪性の心魔である彼が。
 やめろ、と小さく口から洩れていたが、それは有意識なのか無意識だったのか彼には分からない。近付いてくる小さな白いネズミに、彼は――

「私は、貴方の声に耳を貸す。けど私は、貴方の声には従えない」
「――……え?」
「私は言の葉。詩に従うもの。惑う心は持ち合わせてはいない」
「は……?」
「自分の感情にしか、従わない。悪いけれど……心魔の声に耳を傾けていられるほど静かなところに私はいない」
「――!」

 雑音ばっかりが聞こえるの。と彼女は言うとふっと小さく笑いかけた。いつの間にかこわばっていたアトラの体から力が抜ける。不思議なほど抜けていた怒気にアトラは驚いていたが、この状況で笑いかけてきた彼女に更に驚きを隠せないでいた。
 何故笑う? 殺すと言わんばかりの圧力をかけていたというのにも関わらず。彼は心のうちで疑問を漏らす。

「貴方の声の力は、私には無意味……言葉って、重い、よね……」

 はっとすると、彼女は視線を逸らして森の奥のほうを見つめていた。
 ――その横顔は酷く苦しそうに見えて。

「…本当は……会わなくても”詩”を拾ってさっさと帰っても良かったんだ。でも凄く気になった」

 ――しかし美しいと、思わず思ってしまった。

「この複雑な詩を内包する……優しい、ううん。素直な人は誰だろうって」

 あんまり、聞くことないの。と更に付け加えるとまたふわっとした笑顔を見せた。アトラはなんだか自分の奥にあった凝り固まった『概念』を砕かれたような気がして言葉に詰まった。

「律儀なのって、そんなに悪い事……なの? 悪性の心魔に……ううん、貴方にとって」
「そ、れは……」

 『私は貴方ほど律儀じゃないの!』と語気を荒げて怒ってきた相方である天性の心魔の声が脳内にこだました。トラウマのように心に突き刺さったその言葉は、だがしかし耶麻音の問いかけで抜け落ちたというよりも砕け散った気がした。アホらしいとさえ、思ってしまった。 

「優しい心魔がいても、良い気がするけど。個体差って奴があっても……おかしくはないでしょう?」
「……悪性……でもか?」
「”個人”だもの」

 それが彼女の持つ全ての答えだった。
 アトラはうつ向き、そして片手で両の眼を塞ぐ。はぁ、と口から空気が漏れる。
 耶麻音はいつもの眠そうな表情に戻るとゆっくりと慣れた動作で背負っていたリュートを下ろし、荷をほどいて中身を取り出した。白いリュートは美しく、蒼の彫がシンプルだがその琴を流麗に彩っていた。
 リュートを構える。

「それに――少なくても私には悪性も天性も関係ないよ」

 弦を爪弾く指は美しく、

「貴方の詩は今まで聞いた何よりも儚くて美しくて耳に心地いいよ」

 奏でられる旋律は何よりも繊細で。
 その中に漏れる小さな嗚咽は、しかし悲しみを帯びてはいなかった。

「――この”詩(ものがたり)”、私がもらいうけます」

 鈴が一つ。ちりんと小さな音をあげた。 

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