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【夜の街物語】

storys

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** 閉店間際の喫茶店にて **

​【登場人物】

■三日月 弥生-みかづき やよい

​ オネェ言葉で喋る男性で、夜の街の中央付近にある喫茶店【憩い(いこい)】の店長。お菓子は上手なのにご飯は普通というので有名。男嫌いの女好き。素に戻ると男言葉に戻る。元ヤン。

■サミュ

 鏡の中から実態を持ち出てきてしまったサムの写し姿。元の世界では護衛職および軍人として主である弟の下で働いていた。男気のある豪胆な性格で細かいことも気にしないが単純に考えるのが苦手なだけ。脳筋。

【その他】

■照柿 空良-てりがき そら

■鬼灯 鍇-ほおずき かい

■サム

​【夜の街物語】-外伝

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​[ 閉店間際の喫茶店にて ]

「ばんわ」
「……あ゛?」

 いい笑顔を携えてサミュがあいさつすると、弥生は酷く不機嫌そうに応対した。
 場所は【夜の街】の中央、灯樹(ほおずき)の傍に構えている喫茶店――喫茶【憩い】の真前だ。時刻は現界でいう夜中に突入する頃合いであり、店主である弥生は店を閉じようと店前においてある看板から光を消したところだ。

「何か用かしら? もう店閉めるとこだけど」
「少しもらおうと思ってきたんだけど、やっぱ駄目? ここくらいしか空いてるとこねぇんだ」

 手で飲み物を飲むモーションをつけて言う。
 他の居酒屋と呼べる場所は、街に住むヒト達がこれからだと言わんばかりに盛り上がりを見せるのだ。それを知っている弥生は喫茶店だというのに夜中に入るギリギリあたりまで店を開き、仕事で疲れた”知人”のために店を開いていた。勿論その知人とは空良や他の女子の事であり、鍇やサミュはそのうちに入っていない。しかし弥生は男嫌いであっても店主でありヒトである。
 一つため息をついてから、看板を抱えて店の中に入り顎で入るように促した。

「少しだけだから」

 その答えにサミュは「どーも」と軽い返答をして軽い足取りで店内に踏み込んだ。

* * * * * 

 サミュから返って来た返答にさすがの弥生も眉間にしわを寄せざるを得なかった。

「酒? あんた未成年でしょ?」

 何にするか聞いたら、まさかの酒という。
 カウンターに座るサミュは不思議そうにしながら、変な顔の弥生を見上げる。

「ここでは18歳は未成年なのか?」
「普通は20歳以下は未成年」

 呆れたように言うとサミュは感嘆の音を吐いた。彼は元々この街の住人ではないので、以前住んでいたところのギャップに少々驚いたのだ。ちなみにサミュが以前いたところでは余りそういう年齢の括りが存在しなかった。

「でも弥生さん無視して飲んでそう」
「えぇ、かなり前から飲んでたわね」

 即答だった。その回答にサミュは手を組みその手に顎を乗せると満足そうに笑顔をこぼした。

「じゃぁ、いいじゃん」

 二本の緑の縞尾がゆるゆると揺れる。

「そうね、止めはしないわよ……でも酒って言っても度数とか色々あるけどあんたにはどれくらいがいいのかしらね? 軽いのにしとく?」

 止めないあたり、ここに華弦がいたらきっと烈火のごとく怒られただろう。まぁ、弥生はそれも無視してしまうだろうが。
 弥生は言いながら店の奥に設えてある冷蔵庫と保管庫の中を確認する。街の皆も憩いを訪れ酒を注文することがあるので色々取り揃えてあるのだ。

「出来ればビールが飲みたいんだけど、ある?」
「ビール? あるけど……なんていうか、あんたがそれ注文っていうのが」

 変ね。と最後までは言わず、冷蔵庫の中にあったそれと冷やしてあるコップとを持ってサミュの前に差し出す。

「……ん。あとは適当にやって」
「ども」

 凄く機嫌が良いらしくサミュはいそいそとその瓶のキャップを外したのだった。

* * * * * 

「かぁー!! やっぱ仕事の後のこれは格別だよな!!」

 そう言って空になったコップをカウンターの上に景気良く置く。その横にはすでに空になった瓶がいくつかとコップ。既に弥生が片付けたものも合わせれば結構な量になっている。

「……鍇より飲むわね、あんた」

 猫、恐ろしい奴め。と心の中で思う。煉は未成年故にともかく、鍇も結構な量を飲める。他にも幾種の猫科のヒトが来るのだがそれなりの量を飲んでいく奴が多い。しかしサミュのそれは、それらをはるかに超えて行く。

「へぇー。そうなんだ」

 返答はやはり軽い。酔っている様子は微塵もなく麦酒を水を飲むように嚥下していく。

「にゃんこは飲みに来たことないけど、あんたくらい飲むのかしら」

 もし飲むのなら、この二人が一緒に来た時は店の酒がなくなるんじゃないだろうかと弥生は若干うなだれた。恐ろしい。だがしかし、サミュの回答は弥生の懸念を全て否定した。

「にゃんこって……サム? さぁ、あいつ飲めないんじゃねぇーの? あいつ飲めなさそうだし。つーか飲んだことないんじゃないか」

 回答に思わず弥生の口から疑問の音が漏れた。

「鏡に映る同士でもそう言うのって違うもん?」
「全然違うな。国の情勢も人も環境も違ぇから」

 さも当り前のように言いながら、サミュは空になったコップに瓶に残っていたビールを全て注いだ。

「……あんた…いつから飲んでんの?」
「ん? さぁ、気づいたら飲んでたしなぁー。俺の居たとこは戦いが絶えずにいたし、ガキの頃からこういう仕事してたから同僚の奴らとかとずっと行ってて、飲んでたっつーか飲まされてたっつーか」

 ぐびり、と喉を鳴らしながらまた一口飲みほした。

「だからかな、あんまり酔った感覚とか分かんねーし。飲み物っつったらこれ、みたいな」

 空になったコップをカウンターに置く。サミュは頬杖をつきコップに映る店内を見た。そこに自分の姿は映らない。
元々鏡の向こうにいた自分。鏡を挟んで対となる物体サムは自分と同じ次元にいるために絶対に映ることはない。
 じっとそのままコップを見続けるサミュに弥生は一つため息をついた。

「本当、ただ分かってないだけみたいだな。お前酔ってるぞ、今」

 時間が時間で、弥生も多少眠くなってきたのか普段のオネェ口調に直している意識も休憩中だ。ついで欠伸も漏れる。

「そうなのか? いつも通りだし、酔ってねーよ」
「酔ってる奴は大抵そう言う」

 はぁ、ともう一つため息をつく。サミュは酒に対して典型的な奴なんだなと弥生の中にインプットされた。

「……そうなのか」
「そういうもんだ」

 言って弥生はそこにあったコップを全て下げる。サミュからおかわりという声が飛んできたが弥生は振り向きその額に一つデコピンをお見舞いするだけだった。

「そんくらいにしとけっ! うちの酒飲み干す気か!」

 実際凄い量を飲まれて、近いうちに補充しなければいけないほどだ。

「ちぇー」

 サミュは口を尖らせたが、息を吐きだし立ちあがった。ほのかに麦酒の匂いが混ざっている。

「んじゃ、こんくらいにして帰る」
「おぅ、とっとと野郎は家に帰んなっ」

 しっしっ! と弥生は手で出てくように促した。

 そして会計を済ませてサミュは喫茶店を後にした。 


「弥生さんって男嫌いだけど、実は結構優しいよなー」

 店から出たサミュは涼しく感じる外気を身にまといながら、ぐっと背を伸ばした。肌に感じる空気の冷たさが心地よい。
 真っ暗な闇。光る月。踊る星に、はためく風。浮かぶ灯樹ほおずき は心の奥からわくわくとした気持ちを持ちあげ、今日もかしこから祭りのような騒がしさが響いている。

「平和だなぁ」

 自分がいた世界から比べたら嘘のようだ、とサミュは思う。だが、この道にあの世界も進み始めたからこそ、【夜の街】にいられると感じる。いや、それは感じるというものより確信に近いもの。

「向こうのビール、少しは美味くなったかなぁ」

 もし一度でも戻れるなら、飲み比べがしてみたいと、そう思う。
 あたりをぐるりと見回すと、サミュはゆっくりと館に向かって歩き出した。

 通りは明るく、道は舗装され、人の活気に包まれる。そこをサミュは笑顔で通るのだった。


 きっと前いた世界が平和になっていると信じて。

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