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【夜の街物語】
storys




** ネムリビト **
【登場人物】
■三日月 華弦-みかづき かげん
夜の街の中央付近にある喫茶店【憩い(いこい)】にて働いている青年。家族経営なために厨房ウェイターとそつなくこなす。温和な性格と人の良さが彼の良い所だが、それが原因で相当な苦労性となる。
■睡璃 耶麻音-ねむり やまね
常に眠そうにしている眠りねずみの亜種の少女。”吟遊詩人”と名乗っている歩く図書館。ヒトやモノが持つ命の”詩(うた)”を集める使命を負っている。見た目の割に大食漢。表情があまり変動しないし神経も太め。
【その他】
■三日月 弥生 -みかづき やよい
【夜の街物語】-外伝







[ ネムリビト ]
――これは今から十年以上も前の話しだ。まだ睦邑(むつくに)学園の小等部にいた時。俺は初めてあいつに会ったんだ。
* * * * *
最初は正直意味が分からなかった。
「……何、コレ? っていうか……誰?」
訝しげににそれを見ても仕方がないというものだろう。だって、普通拾ってこないようなものなのだから。
「さぁ? とりあえず女の子だろ?」
女好きのクソ兄貴だからと言って、さすがに誘拐してきたとか思いたくない。
思いたくない。
思いたくなくても……。
「おい、クソ兄貴。さすがに誘拐は世間が許してくれな……!」
言っている途中だった。俺に聞こえたのは風の切る音。
――……ゴッッ!!!
「華弦。口には気をつけろ?」
「おぉぉおおおおお!!!!!!」
殴られた。しかも顔面。あいつに手加減という言葉はないのだ。特に野郎に向かっては。それは弟の俺しかりだ。
「そこで拾ったんだって。さすがに店の玄関口にひっくり返った子そのままはないだろ」
珍しく真剣な表情をして弥生は店のドアを指さした。どうやら店先で拾って来たらしい。
「確かに食品扱う店先にそれはないな」
食中毒とかと勘違いされてはたまったもんじゃねぇーからな。と、俺は珍しくまともな事を言う兄貴に感心してしまった。がしかし、奴がそんな事考えるわけがなく。
「いや、寒いだろ、外。女子に寒いのは可哀そうだろ」
「あぁ、そっちかやっぱ」
納得してしまった。兄貴は兄貴でしかないのか。非常に残念です。
「とりあえず俺やることあっから、華弦にその子の事任せるから」
んじゃ、と言って弥生は店から出て行ってしまった。
軽い。軽すぎる。腹が立つ。どうせまたこのあと柄の悪い奴らと何かすんだろう。いつもの事だ。いつもの事だからきっと鍇さんが止めてくれるんだろうけど。いいなぁ、鍇さんが兄貴だったらよかったのに。煉が羨ましい。
「……そんで。俺どうすればいいんだ?」
店の椅子に座らせられた真っ白な彼女。ぐったりとした様子で机に突っ伏している。どうすればいいのか分からず俺は途方に暮れてしまった。
……とりあえず、起きるのを待とう。
* * * * *
「……ごめんなさい。私……お腹すいちゃって……」
起きた彼女は俺が問うとそう答えた。見た目はやっぱり真っ白で、目は現界の空みたいに澄んだ青。年のころは多分俺と同じくらい。そして一番の特徴だろう。
起きてもとかく寝むそうにしている。多分、眠りネズミって種族だと思う。
「つまり、空腹で倒れてたとそういう意味?」
こくり、と彼女の頭が上下した。呆れて言葉もでないとはこの事か?
「頼むから飲食店の前で倒れるのやめてくれるか? 営業成績に乱れがでっから」
「……」
無言でもう一度頷いて見せた。なんだろう。元が眠そうな表情だからなのか。俺が物凄く悪い事しているような気になる。そんな悪い事してないと思うんだけど……してないよな? それでも彼女の表情はどことなく申し訳なさそうな感じに見えてきた。兄貴と違って良心が痛む。
上目遣いで見てくる彼女。子犬かなんかにさびしそうな目で見られてる感じでなんか……。
「えと……いや、その……なんか、ごめん」
思わず謝ってしまう始末。
「……なんであなたが謝るの?」
「なんでだろう?」
小首を傾げて見てくる彼女に対して俺もそう答えざるを得なかった。それに彼女が小さく笑った。
「変な人……」
「兄貴よか全然変じゃねぇ」
思わずつっこむ俺。仕方がない、俺だから。
「……はぁ。まぁいいや、ちょっと待ってろよ」
そう言って椅子から立つと彼女が不思議そうにこちらを見てきた。
あんまり喋んないんだな、こいつ。表情と行動で大体の事を話す。こいつこそ変な奴だろう。
「今何か作ってやるよ。腹減ってんだろ? 余り物でも良い?」
「……君は、料理できるの?」
「兄貴よかずっと美味いという自信がある」
どやっと言い返す。事実兄貴は甘いものはなんかすげぇ上手いけど、料理になると普通だ。ごく普通だ。
「で? それでいい?」
一拍の後、彼女はにっこりと笑った。
* * * * *
結局作れたのはチャーハン程度だった。思ったより余り物もなければ冷蔵庫にモノがなかった。おい、店として大丈夫か。休みだからって普通これはないだろう?
でも彼女はそれを美味しそうに頬張っている。
「……うまそうに食うな、お前」
聞こえないように小さく呟くと、一瞬彼女と目があった気がした。だけど多分気のせいだろう。彼女は一心不乱に、でもとても丁寧に食べ進めている。頬張る量がクラスの女子より多い気がするがまぁ、人それぞれだから関係ないか。
彼女は半分くらいの量を食べたあたりで、顔を上げた。
「……凄く……美味しい……料理上手だね」
「別に……これくらい君でも作れるだろ」
なんだかこう……目の前で褒められるのは気恥かしいものだな。
「ううん……こんなに美味しいの、私は作れないよ……」
言うと食を再開した。
「お前……」
なんでそういう恥ずかしい事さらっと言えるんだよ。こっちが恥ずかしいっつの!
「……何?」
「食べたら帰れよ」
彼女が頭を上下させると、スプーンごとチャーハンを頬張りながら小さく声を出した。
「……うん。あ。ちゃんと、お代払うから……大丈夫」
大丈夫って。別にお代とか気にしてなかったし。それに……なんつーか、もう、もらったっていうか。ごにょごにょ。
「……余り物だから別にいいよ、今日店は休日だし。もし払うんでもクソ兄貴に払わせるから」
「……」
じっと見上げてくる彼女。澄んだ瞳がかちあうと、何だろう、吸い込まれる感覚というか……見透かされてる感覚がすっと体内を流れる。不思議な感覚だ。
「……じゃぁ、お言葉に甘えて……」
「ん。そうしといて」
会話はそれまでで彼女は皿の上の全てを、それこそ米も具材の一欠けらも残さずに平らげた。
良い食べっぷりだった。
彼女は食べ終わると店を出ようと扉に手を掛け、何かを思い出したようにこちらを見た。
「名前……聞いてなかった」
「おぉ、そういえばそうだな。俺は華弦。三日月 華弦って名前」
華弦、と彼女は何度か口の中で呟くと、眠そうな表情をふわりと笑わせて手を差し出してきた。
「私は耶麻音……睡璃、耶麻音。ありがとう、華弦。すごく……凄く美味しかったよ」
「それは良かった。またいつでも食いに来いよ、耶麻音。今度は客としてだけど」
俺はそして彼女の手を取った。
「……うん」
* * * * *
そして今。
「あれが多分いけなかったんだろうなー」
「……何が?」
耶麻音はカウンターでチャーハンを食べ進めながら俺を見上げてきた。
「なんでもない」
顔だけそっちに向けてそう答えると、耶麻音はじっと俺の目を見てきた。まっすぐないつもの目で。がん見すんなよ。
何事かと俺も見返していると、耶麻音はまた何事もなかったように食べ直し。
「……別に、そのせいじゃないよ」
と一言。
「読むなよ、お前」
耶麻音は音で人の心が分かるらしい。俺は馬鹿だから良く分からないって言ったら、ざっくりと人の心が読もうと思えば読めると言っていたからそういう事なんだと思う。じっと見てるのはきっと読んでる最中なんだと勝手に俺が思っている。が、耶麻音は表情を一つも変えずに返してきた。
「読んでない。顔に書いてあるの……華弦分かりやすいから」
っていうちょっと俺をばかにしている回答だ。間違ってないけど。
「……ったく」
頭を掻いて、皿洗いに戻る。
「……凄く……美味しい……料理上手だね」
え。と思って振り向くと。耶麻音はただ手もとの料理に目を落としたまま食べ続けていた。
……小さい笑顔を浮かべながら。
ため息が出る。
「別に……これくらい君でも作れるだろ」
意外とこの問答、耶麻音は気に入っているらしい。






